ブルース・リーの人生には、 映画の成功以上に重要だったかもしれない 一つの出来事があります。
腰・背中の大怪我。
ウェイトトレーニング中に身体を痛め、 医師からは、 再び武術を行うことは難しいと告げられた。
そして彼は、 自分の名刺の裏へ 「WALK ON」 と書きました。
「歩き続けろ。」
有名な話です。
しかし、 資料を一段深く追うと、 意外なことが分かります。
怪我が1969年だったのか、 1970年だったのかさえ、 公式資料の記述が一致していません。
さらに、 125ポンドのバーベル、 Good Morningという種目、 「第四仙骨神経」という診断、 長期間のベッド生活。
どこまでが確認でき、 どこからが後世に整理された物語なのか。
この記事では、 ブルース・リー公式資料、 Bruce Lee Foundationの所蔵資料、 本人が友人へ送った手紙の記録まで照合しながら、 この大怪我と「WALK ON」の実像を追います。
まず結論|大怪我そのものは事実
最初に、 疑う必要がない部分から整理します。
ブルース・リーは ウェイトトレーニング中に 背中・腰へ重大な怪我を負った。
長期間、 通常の武術トレーニングができなくなった。
医師から、 今後の武術継続について 厳しい見通しを告げられた。
療養中に 大量の読書・研究・執筆を行った。
そして、 「WALK ON」と書いたカードを 自分への言葉として使った。
この大筋については、 複数の公式・家族関連資料が一致しています。
問題は、 細部です。
125ポンドのバーベルで「Good Morning」をしていた
Bruce Lee公式の長い伝記には、 かなり具体的な説明があります。
ブルースは ウェイトトレーニングに熱心で、 ある日、 十分にウォームアップをしない状態で 125ポンドのバーベルを扱いました。
125ポンドは、 約56.7kgです。
種目は、 Good Morning。
バーベルを肩の後ろへ担ぎ、 股関節を曲げて上体を前傾させ、 再び身体を起こす種目です。
重要なのは、 「ウェイトトレーニングが悪かった」 という話ではありません。
公式資料が強調しているのは、 普段なら行っていた ウォームアップをしなかったことです。
前回紹介した1965年の トレーニングカードを見ても分かるように、 ブルース・リーはかなり早い時期から ウェイトトレーニングを取り入れていました。
この事故だけを理由に、 「筋トレを否定した」 と考えるのは正確ではありません。
公式資料では「第四仙骨神経の損傷」とされる
Bruce Lee公式伝記では、 検査の結果、 fourth sacral nerve、 すなわち「第四仙骨神経」に 損傷を負ったと説明されています。
そして、 完全な安静を命じられ、 武術へ戻ることはできないだろうと 告げられたとされています。
ただし、 ここでは一つ注意が必要です。
「第四仙骨神経の損傷」は、 ブルース・リー関連資料に残された 当時の説明として紹介する。
現在の医学的診断名へ 勝手に置き換えない。
ネットでは、 椎間板ヘルニア、 脊椎損傷、 坐骨神経損傷など、 さまざまな言葉へ置き換えられていることがあります。
しかし、 こちらで確認した公式資料は fourth sacral nerve という表現です。
確認できない診断を 後から付け加える必要はありません。
マニア向け検証|怪我は1969年なのか、1970年なのか
ここからが、 この記事で最も面白いところです。
Bruce Lee公式Podcast 「Walk On」は、 怪我を 1969年 としています。
Bruce Lee Foundation提供の Google Arts & Cultureに残る 「Walk On! Business Card and Holder」も、 カードを Circa 1969 としています。
ところが、 Bruce Lee公式サイトの 詳細な伝記では、 怪我は 1970年 です。
同じ公式系資料の中でも、 1969年と1970年が混在しています。
では、 どちらを採用すべきでしょうか。
1970年を強く支持する「本人の手紙」が残っている
ここで非常に重要になるのが、 ブルース・リー本人が 友人Bob Bakerへ送った手紙です。
この手紙は、 Heritage Auctionsで扱われた資料として 記録されています。
Jeet Kune Doの レターヘッドが使われ、 本人の署名もある文書です。
そして、 付属する封筒の消印は、 1970年8月28日。
その手紙でブルース・リーは、 背中の激しい痛みについて書いています。
“The pain is there for over three months.”
「痛みは3か月以上続いている。」
Bruce LeeからBob Bakerへの手紙 /日本語訳は当サイト
ここは非常に重要です。
1970年8月28日の時点ですでに 「3か月以上」痛みが続いていたのであれば、 少なくとも手紙の記述だけを見る限り、 怪我はそれよりかなり前に起きています。
では「1970年8月13日説」は?
ブルース・リーの大怪我について調べると、 1970年8月13日 という非常に具体的な日付も出てきます。
たとえば、 Seattleの歴史資料サイト HistoryLinkは、 1970年8月13日に怪我をしたとしています。
しかし、 先ほどの手紙との時系列を そのまま並べると問題があります。
8月13日に負傷
↓
8月28日に手紙
この間は、 約2週間しかありません。
しかし手紙では、 「3か月以上痛みが続いている」 とされています。
つまり、 少なくとも現在確認できる資料だけでは、 「8月13日」を 絶対的な確定日として扱うのは慎重であるべきです。
このサイトでは、 怪我そのものは1970年頃の出来事としつつ、 正確な発生日については 資料間に食い違いがあると扱います。
こういう部分を無理に一つへ決めないことも、 古い人物資料を読むうえでは重要です。
「WALK ON」のカードは本当に残っている
「WALK ON」は、 後世に作られた名言ではありません。
Bruce Lee Foundation所蔵資料として、 実際の 名刺とカードホルダー が残っています。
Google Arts & Cultureでは、 「Walk On! Business Card and Holder」 として公開されています。
説明によれば、 ブルース・リーは 自分の名刺へ “Walk On!” と書き、 机の上など毎日見える場所へ置きました。
“Walk On.”
「歩き続けろ。」
Bruce Lee
たった二語です。
しかし、 身体を動かすことを 人生の中心に置いていた人物が、 その身体を自由に動かせなくなった時期に 自分へ向けて書いた言葉です。
意味の重さが違います。
「絶対に諦めない」だけでは、WALK ONを誤解する
ここで、 ありがちな解釈から 少し離れたいと思います。
WALK ONというと、
「痛くても動け。」
「医者の言うことを無視して鍛えろ。」
「根性で治せ。」
という話にされがちです。
しかし、 Bruce Lee公式Podcastを読むと、 実像はもっと慎重です。
ブルースは、 身体について調べました。
バイオメカニクス。
キネシオロジー。
ヨガ。
食事。
栄養。
腰痛。
関連する本を読み、 自分の状態を研究しました。
そして、 少しずつ動きを試しました。
同時に、 休むことも重視した と公式Podcastは説明しています。
WALK ONとは、 無理やり前進することではない。
今の現実を研究し、 今できる形へ変えながら、 進むことをやめない。
ブルース・リーは医師になったわけではない
ここも、 現在の読者には重要です。
ブルース・リーは 自分の身体について大量に調べ、 自分なりの回復プログラムを組み立てました。
しかし、 それを現代の私たちが そのまま真似する話ではありません。
ブルース・リーのリハビリ方法は、 医療上の治療法として紹介するものではありません。
真似する価値があるのは、 怪我の内容ではなく、 向き合い方です。
現状を知る。
専門的な情報を調べる。
休む。
できることを試す。
反応を見る。
必要なら変える。
これは、 彼の武術研究とほとんど同じ方法です。
長期療養が「書くブルース・リー」を生んだ
身体を思うように動かせない時間、 ブルース・リーは 読書と執筆へ向かいました。
Bruce Lee公式も、 この療養期間に 多くの文章が生まれたことを説明しています。
これは、 ブルース・リーの歴史を考えるうえで 非常に大きな意味があります。
もし怪我がなければ、 同じ量の文章が 同じ時期に残されていたでしょうか。
もちろん、 答えは分かりません。
しかし、 身体を止められたことによって、 それまで身体で行っていた研究を、 言葉へ変える時間 が生まれたことは確かです。
動けない。
だから、 読む。
考える。
書く。
そして、 再び動くために研究する。
怪我によって、 武術家としての活動は止まりました。
しかし、 思想家としての活動まで 止まったわけではありませんでした。
大怪我のあとに、あの映画が撮られた
ここも、 ブルース・リーの映像を見るときに 覚えておきたい事実です。
大怪我は、 世界的スターになった後ではありません。
その後に、 香港での映画時代が来ます。
1971年、 『ドラゴン危機一発』。
1972年、 『ドラゴン怒りの鉄拳』。
同年、 『ドラゴンへの道』。
そして、 『死亡遊戯』の撮影を経て、 1973年の 『燃えよドラゴン』へ。
Bruce Lee公式伝記によれば、 怪我はその後も 慢性的な痛みの原因になりました。
私たちが映画で見ている あの驚異的な身体は、 「一度も壊れなかった身体」ではない。
大きく壊れたあとに、 再び作り直した身体でもある。
これを知ってから 『燃えよドラゴン』を見ると、 ブルース・リーの動きが 少し違って見えてきます。
トレーニング記録と大怪我は、実は同じ物語
前の記事では、 1965年5月27日の ブルース・リーの トレーニングカードを見ました。
そこには、 種目。
重量。
セット。
回数。
自分の身体を 細かく記録する人物がいました。
今回の怪我のあとも、 やっていることの本質は同じです。
怪我を調べる。
身体を観察する。
方法を試す。
反応を見る。
修正する。
強いブルース・リーと、 怪我をしたブルース・リーは、 別人ではありません。
どちらも、 自分自身を研究している。
「Research Your Own Experience」とWALK ON
ブルース・リーが重視した考え方の一つに、
“Research your own experience.”
「自分自身の経験を研究せよ。」
Bruce Lee公式 /日本語訳は当サイト
があります。
これほど、 今回の出来事に合う言葉もありません。
怪我は、 望んで得た経験ではありません。
しかし、 起きてしまった以上、 その経験そのものを 研究対象へ変えた。
そして、 そこから次の自分を作った。
WALK ONは、 単なるポジティブシンキングではありません。
「嫌な現実を否定しろ」 ではなく、
「起きている現実を材料にして、 次の一歩を作れ」
というブルース・リーらしい姿勢として 読むことができます。
年号が違っていても、「分からない」と書けばいい
ブルース・リーについて書くと、 伝説が多いだけでなく、 信頼できそうな資料同士でも 細部が食い違うことがあります。
今回がまさにそうです。
公式Podcastでは1969年。
Google Arts & Cultureの Foundation資料も1969年前後。
公式長編伝記では1970年。
別資料では1970年8月13日。
しかし、 1970年8月28日消印の本人の手紙には、 痛みが3か月以上続いているという記述が残る。
資料が一致しないなら、 無理に「真相はこれだ」と作らない。
どこまで分かり、 どこから分からないのかを そのまま示す。
私は、 その方がブルース・リーという人物を 大切に扱っていると思います。
まとめ|「WALK ON」は、壊れた身体から生まれた
映画のブルース・リーは、 まるで肉体の限界を持たない人間に見えます。
しかし、 実際には違いました。
身体を鍛えすぎ、 大怪我をした。
痛みが続いた。
武術を続けられない可能性を告げられた。
落ち込んだ。
それでも、 自分の身体を調べ始めた。
読んだ。
書いた。
休んだ。
少しずつ動いた。
そして、 机の上には 二語の言葉がありました。
“Walk On.”
「歩き続けろ。」
ブルース・リーの強さとは、 壊れないことではなかったのかもしれません。
壊れた現実そのものを研究し、 そこから自分を作り直すこと。
それが、 あの小さな名刺から見える もう一つのブルース・リーです。
主な参考資料
Bruce Lee公式
「Bruce Lee - Long Bio」
https://brucelee.com/bruce-lee
Bruce Lee公式Podcast
「#11 Walk On」
https://brucelee.com/podcast-blog/2016/9/21/11-walk-on
Bruce Lee公式Podcast
「#78 Motivation When You’re Stuck」
https://brucelee.com/podcast-blog/2017/12/27/78-motivation-when-youre-stuck
Google Arts & Culture /
Bruce Lee Foundation
「Walk On! Business Card and Holder」
資料ページを見る
Heritage Auctions関連記録
Bruce LeeからBob Bakerへの直筆手紙
(封筒消印:1970年8月28日)
※怪我の発生年・日付については、
Bruce Lee公式を含む資料間で記載が一致していないため、
本記事では断定せず、確認できる資料を併記しています。
※本記事はブルース・リーの歴史的資料を紹介するもので、
怪我の診断・治療・リハビリ方法を推奨するものではありません。

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