方法を教えるのではなく、考え方を教えることが大切だということ
人に完璧なブロックの方法を教えることができれば、
その人はブロックができるようになり、
またそうしたブロックの方法の背景を教えることができれば、
教わった者が自分の力で成長し、
進化していける考え方を教えたことになります。
「わかりました。それが考え方なら
おそらくこうやったり、ああやったりもできますね、
その考え方に忠実にやりさえすれば」
と教わった者は言うことができます。
それがジークンドーの背景となる、重要な要素です。
ブランドン・リー
老子の言葉に
「授人以魚 不如授人以漁」
というものがあります。
【関連】
⇒柔訳 老子の言葉
腹を空かせた人に魚を与えれば1日の飢えをしのぐことができるが、
魚の釣り方を教えてあげれば、
一生の飢えをしのがせてあげることができることを意味しています。
ブランドンリーが言うことも同じ。
ブルースリーはジークンドーを
空手、柔道、テコンドーの様に
形式化したものにしたくないという強い思いがあったようです。
形式化をしてしまうということは
習得する人々の個性を殺し、
一定の型にはめてしまうことを意味してしまいます。
これはブルース・リーが最も嫌ったことです。
これは武術だけに当てはまることではなく
ビジネスマンにも通用する考え方でしょう。
新入社員に質問されたとき、
やり方を教えてあげれば
すぐに仕事をしてくれるでしょうが、
また違ったことですぐに質問をしてくるなんてことがあります。
多少、回り道になったとしても
その背景にある考え方、会社のビジョンを共有させることができたら
新入社員は自分でビジョンに沿っているかどうかを考えて
行動することができるようになるはずです。
世界で一流のサービスと定評のある
リッツカールトンホテルの従業員。
彼らはクレドという企業の価値を記すカードを持ち歩いています。
その価値観に従うのであれば
従業員の行動には自由が与えられています。
これはまさにブルースリー、ブランドンリー、老子が
言う概念と同じです。
手取り足取り教えるのではなく
その背景にある考え方を教えることができたら
その人にとっては最高の教育を受けたことに
なるのだと思います。
今回は、ブルース・リー、ブランドン・リーが
哲学者であることを証明する言葉をご紹介しました。