ブルース・リーと聞いて、 ヌンチャクを思い浮かべる人は多いでしょう。
高速で振り回し、 脇の下で止め、 再び一気に打ち出す。
ブルース・リーの映画によって、 ヌンチャクは世界中に知られる武器になりました。
では、 ブルース・リーは誰からヌンチャクを習ったのでしょうか。
ここには、 ダン・イノサントと 倉田保昭という二人の名前が登場します。
ブルース・リーにヌンチャクの使い方を紹介し、 基本を教えた人物として最も明確な証言を残しているのは、 ダン・イノサントです。
一方、日本のアクション俳優 倉田保昭は、 香港でブルース・リーへヌンチャクを贈り、 それが映画で使われたというエピソードを語っています。
つまり、 「誰が教えたか」と「誰がヌンチャクを渡したか」は、 別の話として整理する必要があります。
ブルース・リーのヌンチャクは誰に習った?
この問いに対して、 最も有力なのが ダン・イノサントです。
イノサントは、 ブルース・リーの弟子であると同時に、 トレーニングパートナーでもありました。
フィリピン武術の カリ、エスクリマなどにも精通していた武術家です。
イノサント自身は、 ブルース・リーにヌンチャクを紹介し、 基本的な扱い方や練習方法を教えたと証言しています。
ダン・イノサントはブルース・リーの弟子だけではなかった
「イノサント=ブルース・リーの弟子」 というイメージがあります。
しかし二人の関係は、 一方向に教えるだけの 単純な師弟関係ではありませんでした。
ブルース・リーは ジークンドーや打撃、 身体の使い方をイノサントへ伝えました。
一方イノサントも、 フィリピン武術や武器について ブルースへ知識を提供しています。
互いに学び合う関係だったのです。
ブルース・リーは最初、ヌンチャクを評価していなかった?
ここが面白いところです。
イノサントの回想によれば、 最初にヌンチャクを見せたとき、 ブルース・リーはそれほど高く評価しなかったといいます。
ところが、 実際に学び始めると、 ブルースは驚くほど早く使いこなしていきました。
そして、 映画のアクションへ取り入れるようになります。
これはブルース・リーらしいエピソードでもあります。
最初から伝統や権威をありがたがるのではなく、 自分で試す。
使えると判断したものは取り入れ、 自分自身の表現へ変えていく。
まさに、 彼の武術哲学そのものです。
では倉田保昭は何をしたのか
日本では、 「ブルース・リーにヌンチャクを教えたのは倉田保昭」 という話を目にすることがあります。
しかし、 ここは少し整理が必要です。
日本のアクション俳優・倉田保昭は、 香港で活動していた時代に ブルース・リーと交流がありました。
倉田本人はインタビューで、 ブルースへヌンチャクをプレゼントし、 そのヌンチャクが 「ドラゴン怒りの鉄拳」の撮影で使われたと語っています。
これは、 イノサントがそれ以前にブルースへ ヌンチャクを紹介したという証言と、 必ずしも矛盾しません。
整理すると、
- ダン・イノサント:ブルースへヌンチャクを紹介し、基本を教えた
- 倉田保昭:後に香港でブルースへヌンチャクを贈った
という流れで理解すると、 二つの証言を自然に説明できます。
ヌンチャクはブルース・リーの発明ではない
ブルース・リーがヌンチャクを発明したわけではありません。
ヌンチャクは、 ブルースが登場する以前から存在していた武器です。
一般には沖縄古武道との関係が深い武器として知られています。
一方、 フィリピンにも tabak-toyokと呼ばれる よく似た構造の武器があります。
イノサントはフィリピン武術にも精通していたため、 ブルース・リーが学んだ武器術には、 一つの伝統だけでは説明できない要素があります。
そこも、 さまざまな武術から吸収した ブルース・リーらしい部分です。
なぜブルース・リー=ヌンチャクになったのか
不思議なのは、 ブルース・リーには 蹴り、パンチ、ワンインチパンチなど、 さまざまな技があることです。
それでも、 今なおヌンチャクが彼の象徴になっています。
理由の一つは、 映画で圧倒的に映えたからでしょう。
ヌンチャクは、 高速で回転します。
音も出ます。
動きの軌道も大きい。
つまり、 スクリーン上で見たときに 非常に分かりやすく、 迫力のある武器だったのです。
ブルース・リーは、 単に武術が強かっただけではありません。
どう動けば観客に伝わるかを理解していた 映画人でもありました。
「ドラゴン怒りの鉄拳」で世界へ
ブルース・リーのヌンチャク姿を 強烈に印象づけた作品の一つが、 1972年の 「ドラゴン怒りの鉄拳」です。
日本人道場へ乗り込む場面などで ヌンチャクを使用します。
パンチやキックだけだった格闘シーンに、 高速で回転する武器が加わったことで、 ブルース・リーのアクションは さらに視覚的なインパクトを持つようになりました。
「ドラゴンへの道」では二丁ヌンチャク
「ドラゴンへの道」では、 さらに印象的な使い方を見せます。
ブルース・リーが 二本のヌンチャクを同時に扱う、 いわゆる ダブルヌンチャクです。
一つでも高速で動くヌンチャクを、 左右の手で同時に扱う。
この映像は、 ブルース・リーの身体能力と 武器操作の象徴的な場面になりました。
「燃えよドラゴン」にも登場する
世界的な代表作 「燃えよドラゴン」でも、 ブルース・リーはヌンチャクを使用しています。
この映画は、 ブルース・リーが 世界的スターになる決定的な作品でした。
そのため、 ヌンチャクのイメージも 香港映画ファンだけでなく、 世界中へ広がっていきました。
「死亡遊戯」ではイノサント本人と戦う
さらに象徴的なのが、 ブルース・リーが生前に撮影していた 「死亡遊戯」の映像です。
対戦相手として登場するのが、 まさにダン・イノサントです。
二人は武器を使いながら戦い、 ヌンチャクも登場します。
つまり、 ブルースにヌンチャクを紹介した人物と、 ブルース本人が 映画の中でヌンチャクを交えることになります。
二人の関係を知ってから見ると、 非常に興味深い場面です。
ブルース・リーはなぜ短期間で使いこなせたのか
ブルース・リーが ヌンチャクを短期間で自分のものにできた理由を 一つだけに決めることはできません。
ただし、 彼にはすでに高度な身体能力と 武術経験がありました。
さらに、 フェンシング、 ボクシング、 詠春拳、 フィリピン武術など、 異なる体系の動きを積極的に研究していました。
新しい技術を ゼロから覚えるというより、 すでに持っている身体感覚へ 新しい動きを接続する能力が高かったのでしょう。
イノサントも、 ブルース・リーが新しい武術の原理を理解し、 自分なりに適応する能力について証言しています。
ブルース・リーは「武器のコレクター」ではなかった
ここも重要です。
ブルース・リーの考え方は、 武器や技をたくさん集めれば強くなる、 というものではありません。
自分に役立つものを吸収し、 不要なものを捨て、 自分自身のものにする。
ヌンチャクも、 「伝統的だから使った」のではなく、 自分で試したうえで 映画や武術表現の中へ取り込んだと考える方が、 ブルース・リーの思想に合っています。
ヌンチャクにも「型に縛られない」が表れている
ブルース・リーが残した有名な考え方に、 固定された型へ縛られないというものがあります。
詠春拳だけでもない。
ボクシングだけでもない。
フェンシングだけでもない。
そして武器についても、 一つの文化や流派だけに閉じませんでした。
必要なら、 異なる武術から学ぶ。
そして、 自分に合う形へ変える。
ブルース・リーがヌンチャクを 世界的なアイコンへ変えた背景には、 この姿勢もあったのではないでしょうか。
よくある質問
ブルース・リーにヌンチャクを教えたのは誰ですか?
最も明確な本人証言が残っているのは ダン・イノサントです。
イノサントは、 ブルース・リーへヌンチャクを紹介し、 基本を教えたと語っています。
倉田保昭が教えたという話は間違いですか?
単純に「間違い」とするのも適切ではありません。
倉田保昭本人は、 香港でブルース・リーへヌンチャクをプレゼントし、 それが映画で使われたと語っています。
ただし、 ブルースがヌンチャクそのものを知り、 学び始めた時期はそれ以前と考えられます。
ブルース・リーがヌンチャクを発明したのですか?
いいえ。
ヌンチャク自体は、 ブルース・リー以前から存在します。
ブルースの最大の功績は、 それを発明したことではなく、 世界的に知られる象徴的な武器へ変えたこと でしょう。
ブルース・リーがヌンチャクを使う映画は?
代表的なのは、 「ドラゴン怒りの鉄拳」 「ドラゴンへの道」 「燃えよドラゴン」、 そして生前に撮影された 「死亡遊戯」の映像です。
ダン・イノサントとは誰ですか?
ブルース・リーの弟子、 トレーニングパートナー、 そしてジークンドーを後世へ伝えた重要人物の一人です。
同時にフィリピン武術にも精通し、 ブルース・リーへ武器術の知識を伝えました。
まとめ:教えた人と、渡した人を分ければ謎は解ける
ブルース・リーのヌンチャクについては、 複数の人物の名前が語られるため、 話が混乱しがちです。
しかし、 証言を整理すると分かりやすくなります。
ダン・イノサントは、 ブルースへヌンチャクを紹介し、 基本を教えた人物。
倉田保昭は、 後にブルースへヌンチャクを贈り、 それが映画にも使われたと証言している人物。
そしてブルース・リー本人は、 そこからヌンチャクを 誰にも似ていない自分自身の表現へ変えていきました。
だから半世紀以上経った今でも、 ヌンチャクを構えたシルエットを見るだけで、 世界中の多くの人が ブルース・リーを思い浮かべるのでしょう。
主な参考資料
Dan Inosantoへのインタビュー・証言
South China Morning PostによるDan Inosanto取材
シネマトゥデイ「倉田保昭」インタビュー
ブルース・リー映画作品資料

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