ブルース・リーの墓は、 香港にはありません。
彼が眠っているのは、 アメリカ・ワシントン州シアトルです。
しかも、そのすぐ隣には、 28歳で亡くなった息子ブランドン・リーも眠っています。
なぜ香港の大スターとなったブルース・リーが、 シアトルに埋葬されたのでしょうか。
- 墓地:Lake View Cemetery(レイク・ビュー墓地)
- 場所:アメリカ・ワシントン州シアトル
- 住所:1554 15th Ave E, Seattle, WA 98112
- 隣の墓:息子ブランドン・リー
- ブルース・リー没年:1973年・32歳
- ブランドン没年:1993年・28歳
シアトルは、 ブルース・リーが若いころに学び、 武術を教え、 妻リンダと出会った重要な土地です。
ブルース・リーの墓はシアトルにある
ブルース・リーが埋葬されているのは、 シアトルの Lake View Cemetery です。
シアトル観光局も、 ブルース・リーの墓を この街のアジア系文化を代表する場所の一つとして紹介しています。
墓地はシアトル中心部からそれほど離れていない、 Capitol Hill地区にあります。
近くにはVolunteer Parkもあります。
なぜ香港ではなくシアトルなのか
ブルース・リーというと、 多くの日本人はまず香港を思い浮かべるでしょう。
実際、 『ドラゴン危機一発』 『ドラゴン怒りの鉄拳』 『ドラゴンへの道』など、 スターとして大成功した場所は香港です。
しかし、 ブルース・リーの人生をたどると、 シアトルも同じくらい重要な場所だったことが分かります。
彼は18歳で香港を離れ、 アメリカへ渡りました。
その後シアトルで生活し、 学校へ通い、 大学で哲学を学びながら、 武術を教えるようになります。
ここで、 後に妻となるリンダ・エメリーとも出会いました。
Lake View Cemetery公式サイトも、 ブルース・リーがシアトルと深い関係を持っていたため、 この場所への埋葬は非常に個人的で意味のある選択だったと説明しています。
シアトルはブルース・リーが「ブルース・リー」になった街
香港時代のブルース・リーは、 すでに子役として映画へ出演し、 詠春拳も学んでいました。
しかし、 後のジークンドーや哲学、 そして武術指導者としての人生が本格的に始まったのは、 アメリカへ渡ってからです。
シアトルでは、 友人のレストランで働きながら学び、 その後ワシントン大学へ進みました。
さらに、 小さな仲間たちへ教えていた武術が、 やがて最初のJun Fan Gung Fu Instituteへ発展していきます。
そして、 弟子だったリンダと恋愛関係になり、 1964年に結婚しました。
映画スターになるずっと前の 「若きブルース・リー」が成長した街。
それがシアトルでした。
ブルース・リーの墓には何と書いてある?
ブルース・リーの墓石には、 写真とともに、 名前、生年月日、没年月日などが刻まれています。
さらに、 彼が Jeet Kune Do(ジークンドー)の創始者 であることも記されています。
そして墓石には、 妻リンダが選んだ言葉として、 ブルース・リーの思想を象徴するメッセージがあります。
Your inspiration continues to guide us towards our personal liberation.
日本語で意訳すれば、 「あなたの残したインスピレーションは、 今も私たちを自分自身の解放へ導き続けている」 という意味です。
ブルース・リー公式Podcastでも、 この言葉が墓石に刻まれていることが紹介されています。
「Personal Liberation」はブルース・リーの重要な思想
墓碑に使われている personal liberation という言葉は、 単なる追悼の表現ではありません。
ブルース・リーにとって、 非常に重要なテーマでした。
型や権威、 他人から与えられた答えに縛られるのではなく、 自分自身を理解し、 自分自身を自由に表現する。
これは、 ジークンドーだけでなく、 彼の人生哲学全体につながっています。
墓石にも、 映画スターとしての肩書きだけでなく、 その思想が残されているところが 非常にブルース・リーらしいと言えます。
隣には息子ブランドン・リーが眠っている
ブルース・リーの墓のすぐ隣には、 息子ブランドン・リーの墓があります。
ブランドンは1965年に生まれ、 父と同じように俳優の道へ進みました。
しかし1993年、 映画『クロウ/飛翔伝説』の撮影中に起きた 銃の事故によって亡くなります。
わずか28歳でした。
ブルース・リーが亡くなったのは32歳。
父と息子が、 ともに若くして亡くなったことになります。
現在、 二人の墓は並ぶように設置されています。
ブランドンの墓にも「人生」を考えさせる言葉がある
ブランドン・リーの墓石にも、 人生の短さを思わせる言葉が刻まれています。
そこには、 人はいつ死ぬか分からないからこそ、 人生を無限に続くもののように考えてしまう、 という趣旨の言葉があります。
28歳で亡くなったブランドンの人生を考えると、 非常に重い意味を持つ言葉です。
父ブルースと息子ブランドン。
二つの墓を並べて見ることで、 「どれだけ長く生きたか」だけではなく、 「生きている間に何を表現したか」 という問いを突きつけられるようにも感じます。
ブルース・リーの墓は今も世界中のファンが訪れる
ブルース・リーが亡くなってから、 すでに半世紀以上が経っています。
それでもLake View Cemeteryには、 世界各国からファンが訪れています。
シアトル観光局も、 ブルース・リーの墓を街の文化スポットとして紹介しています。
墓前には、 花やメッセージが供えられることもあります。
映画俳優の墓というだけではなく、 武術家、 思想家、 そしてアジア系文化の壁を破った人物への 敬意を表す場所になっています。
ブルース・リーの墓の住所
Lake View Cemetery
1554 15th Ave E
Seattle, WA 98112
United States
Lake View Cemetery公式サイトにも、 この住所が掲載されています。
墓地の開門時間
Lake View Cemetery公式サイトで現在案内されている Gate Hoursは次の通りです。
- 11月1日~3月31日:7:30~17:30
- 4月1日~10月31日:7:30~19:30
ただし、 開門時間や臨時閉鎖などは変更される可能性があります。
実際に訪れる場合は、 必ずLake View Cemetery公式サイトで 最新情報を確認してください。
公共交通機関でも行ける
Lake View Cemetery公式サイトでは、 公共交通機関を使う場合、 King County Metroの 10番または49番 が便利だと案内しています。
E Roy St & 15th Ave E付近で降り、 そこから徒歩約5分が目安です。
シアトル中心部からも、 比較的訪れやすい場所にあります。
墓地を訪れるときの注意
Lake View Cemeteryは観光施設ではなく、 現在も使われている墓地です。
公式サイトでは、 訪問者へいくつかのルールを案内しています。
- 道路と通路を利用して墓へ向かう
- 墓石の上を歩かない
- 墓石へ座ったり寄りかかったりしない
- 墓地内を走らない
- ピクニックや飲酒をしない
- 葬儀中の家族のプライバシーを尊重する
ブルース・リーの墓を訪れる場合も、 「観光スポット」ではなく、 一人の人間とその家族が眠る場所だということを 忘れないようにしたいところです。
ブルース・リーがシアトルに残したもの
シアトルに残っているのは、 墓だけではありません。
若いころ暮らした街、 学んだ大学、 武術を教え始めた場所、 そしてリンダと出会った土地。
シアトルには、 世界的スターになる以前のブルース・リーの足跡があります。
Visit Seattleも、 この街がブルース・リーの人生と深く結びついていることを紹介しています。
香港が 「映画スター、ブルース・リー」を生んだ場所だとすれば、 シアトルは 「思想家・武術家としてのブルース・リー」が形になっていった場所 の一つだったと言えるでしょう。
墓碑に残った「解放」という言葉
ブルース・リーが生涯追求したものは、 単に強くなることではありませんでした。
武術を通じて自分を知り、 固定された型から離れ、 自分自身を自由に表現する。
だからこそ、 彼の墓石に残された personal liberation という言葉には、 大きな意味があります。
ブルース・リーが亡くなったあとも、 彼の言葉を読んで、 自分自身の生き方を考える人がいます。
そう考えると、 墓碑の 「今も私たちを導き続けている」 という言葉は、 50年以上経った現在も続いているのかもしれません。
ブルース・リーの「自分自身を解放する」という哲学をさらに知りたい方は、 「ブルース・リーの哲学とは?名言から学ぶ「水のような生き方」」 もあわせてどうぞ。
妻リンダが見たブルース・リー
墓石の言葉を選んだ妻リンダから見た ブルース・リーの人生を知りたいなら、 『ブルース・リー・ストーリー』 も参考になります。
世界的スターではなく、 夫、父親、読書家、 そして夢を追っていた一人の人間としての姿を 妻の視点から読むことができます。
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よくある質問
ブルース・リーの墓はどこにありますか?
アメリカ・ワシントン州シアトルの Lake View Cemeteryにあります。
なぜ香港ではなくシアトルに埋葬されたのですか?
シアトルは、 若きブルース・リーが生活し、 学び、 武術を教え、 妻リンダと出会った非常に重要な場所です。
Lake View Cemetery公式サイトも、 シアトルとの深いつながりが 埋葬地選びに大きな意味を持ったと説明しています。
ブランドン・リーの墓も同じ場所ですか?
はい。 息子ブランドン・リーの墓は、 父ブルース・リーの墓のすぐ隣にあります。
ブルース・リーの墓参りはできますか?
できます。 Lake View Cemeteryは訪問者を受け入れています。
ただし、 現在も使われている墓地なので、 公式の訪問ルールを守る必要があります。
ブルース・リーの墓碑には何が書いてありますか?
名前、生年月日、没年月日、 ジークンドーの創始者であることなどに加えて、 ブルース・リーの思想である 「personal liberation」に関する言葉が刻まれています。
まとめ:ブルース・リーが眠る場所も人生につながっている
ブルース・リーの墓は、 香港ではなくシアトルにあります。
そこは、 若き日の彼が学び、 武術を教え、 愛する人と出会った街でした。
そして現在は、 息子ブランドンと並んで眠っています。
墓石に残されたのは、 単なるスターへの追悼の言葉ではありません。
そこにもまた、 ブルース・リーが生涯追求した 「自分自身を解放する」という哲学が刻まれています。
映画を超え、 武術を超え、 今も人の生き方へ影響を与えている。
シアトルの小さな墓石は、 ブルース・リーの人生が現在も終わっていないことを 静かに伝えているように見えます。
主な参考資料
Lake View Cemetery公式サイト
Bruce Lee公式サイト/Bruce Lee Podcast
Visit Seattle
Bruce Lee Foundation

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