ブルース・リーは何人?本名・国籍・出身地|香港人?アメリカ人?を公式資料で解説

ブルース・リーの本名・国籍・出身地・生年月日を解説するプロフィール記事のアイキャッチ

ブルース・リーは、 中国人なのか。 香港人なのか。
それともアメリカ人なのか。

実は、 一言で答えようとすると少し分かりにくい人物です。

生まれた場所はアメリカ・サンフランシスコ。 しかし、生後まもなく香港へ戻り、 18歳まで香港で育ちました。

本人自身も、 自分を 「American-born Chinese(アメリカ生まれの中国人)」 と表現しています。

先に結論
  • 本名:李振藩(Lee Jun Fan)
  • 英語名:Bruce Lee
  • 中国語の芸名:李小龍(Lee Siu Loong)
  • 生年月日:1940年11月27日
  • 出生地:アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ
  • 育った場所:香港
  • 本人の表現:American-born Chinese

つまり、 「アメリカ生まれ、香港育ちの中国系人物」 と理解すると最も分かりやすいです。

ブルース・リーの本名は「李振藩」

ブルース・リーの本名は、 李振藩です。

英語では Lee Jun Fan と表記されます。

公式BruceLee.comでは、 ブルース・リーを Bruce Jun Fan Lee と紹介しています。

「Jun Fan」という名前は、 両親がつけたものです。

一方、 世界中で知られている 「Bruce」という名前は、 出生時に病院の看護師がつけた英語名だったと 公式プロフィールで説明されています。

ただし、 幼いころから日常的にBruceと呼ばれていたわけではなく、 本人がこの英語名を使うようになったのは もう少し後だったとされています。

「李小龍」は本名ではない

中国語圏では、 ブルース・リーは 李小龍 として広く知られています。

広東語では Lee Siu Loong と表記されます。

「小龍」は、 日本語にすると 「小さな龍」に近い意味です。

ブルース・リーは 辰年、そして龍の刻に生まれたとされており、 後にこの「龍」のイメージは 彼を象徴する存在になりました。

ただし、 李小龍は本名ではありません。

本名はあくまで 李振藩です。

ブルース・リーはどこで生まれた?

ブルース・リーが生まれたのは、 香港ではありません。

1940年11月27日、 アメリカ・カリフォルニア州 サンフランシスコで生まれました。

公式プロフィールでは、 サンフランシスコのチャイナタウンにあった Jackson Street Hospitalで誕生したとされています。

当時、 父リー・ホイチュアンは 中国オペラの公演でアメリカを訪れていました。

母グレースも同行しており、 その滞在中にブルース・リーが生まれたのです。

では、なぜ「香港のスター」と呼ばれるのか

アメリカで生まれたブルース・リーですが、 生後約3か月で家族とともに香港へ戻ります。

その後、 18歳になるまで香港で育ちました。

つまり、 子供時代から青年期までのほとんどを 香港で過ごしています。

武術、 映画、 中国文化、 そして人格形成。

ブルース・リーの原点の多くは 香港時代に作られました。

妻リンダ・リー・キャドウェルも、 ブルースは3か月で香港へ戻り、 18歳まで中国文化の中で育ったと証言しています。

ブルース・リーは子役だった

ブルース・リーは、 大人になって突然俳優になったわけではありません。

香港で育った子供時代から、 すでに映画へ出演していました。

公式BruceLee.comによれば、 子役として20本以上の映画に出演しています。

父親が芸能界とつながりを持っていたこともあり、 幼いころから映画の世界に触れていました。

つまり、 「武術家が後から映画スターになった」 というより、 子役として映画を経験しながら、 後に武術家としての個性を融合させた 人物だったとも言えます。

ブルース・リーは何人なのか

ここが、 一番検索されやすく、 一番誤解されやすい部分です。

ブルース・リーを 「中国人」「香港人」「アメリカ人」 のどれか一つだけに分類すると、 少し実像から離れてしまいます。

本人は、 哲学について書いた文章の中で、 自分を American-born Chinese と表現しています。

日本語にすれば、 「アメリカ生まれの中国人」 という意味です。

出生地はアメリカ。

しかし、 幼少期から青年期までは香港で育ち、 中国文化の中で生活しました。

そして18歳で再びアメリカへ渡ります。

そのため、 この記事では 「ブルース・リーは何人か」を 単純な一語で断定するより、 アメリカ生まれ・香港育ちの中国系人物 と整理します。

18歳でアメリカへ渡った

ブルース・リーは18歳のとき、 香港を離れてアメリカへ渡ります。

その後シアトルへ移り、 働きながら生活しました。

さらに大学へ進み、 哲学を学びながら武術を教えるようになります。

このアメリカ時代に、 後の Jun Fan Gung Fu Institute へつながる武術指導を始めました。

そして、 既存の型に縛られない ジークンドーの思想へと発展していきます。

アメリカと香港、両方がブルース・リーを作った

ブルース・リーの人生を見ると、 アメリカと香港のどちらか一方だけで 説明することはできません。

香港では、 中国文化、 映画、 詠春拳などを吸収しました。

アメリカでは、 異なる武術、 西洋哲学、 さまざまな人種や文化と出会いました。

この両方が混ざったからこそ、 「一つの型に縛られない」 というブルース・リー独自の思想が 生まれたとも考えられます。

ブルース・リー自身の哲学をさらに知りたい方は、 「ブルース・リーの哲学とは?名言から学ぶ「水のような生き方」」 もあわせてどうぞ。

ブルース・リーの生年月日

ブルース・リーは、 1940年11月27日生まれです。

公式プロフィールでは、 辰年の 午前6時から8時の間、 いわゆる「龍の刻」に生まれたと説明されています。

後に「ドラゴン」と呼ばれる人物が、 辰年の龍の刻に生まれたという話は、 ブルース・リーの伝説性をさらに強めています。

ブルース・リーは32歳で亡くなった

ブルース・リーが亡くなったのは、 1973年7月20日です。

享年32歳でした。

世界的な代表作 『燃えよドラゴン』が アメリカで公開される直前のことでした。

つまり、 現在私たちが知っている 「世界的スター、ブルース・リー」という評価の多くは、 本人が亡くなった後にさらに巨大化していったものでもあります。

ブルース・リーの家族

ブルース・リーは、 1964年にリンダ・リー・キャドウェルと結婚しました。

二人の間には、 息子ブランドンと、 娘シャノンが生まれています。

公式プロフィールでも、 リンダとの結婚、 ブランドンとシャノンの誕生が ブルース・リーの人生の重要な出来事として紹介されています。

妻リンダ夫人から見たブルース・リーの素顔については、 「妻リンダ・リー夫人が語ったブルース・リーの素顔|読書・家族・WALK ON」 で詳しく紹介しています。

ブルース・リーの人生をもっと知るなら

映画スターとしてではなく、 一人の人間としてのブルース・リーを知りたいなら、 妻リンダ・リー夫人による 『ブルース・リー・ストーリー』 も参考になります。

香港時代、 アメリカでの苦労、 家族生活、 そして世界的スターになるまでの姿を 近い視点から読むことができます。

Amazonで『ブルース・リー・ストーリー』を見る

※本記事はAmazonアソシエイト・プログラムを利用しています。

よくある質問

ブルース・リーの本名は何ですか?

李振藩です。 英語ではLee Jun Fanと表記されます。

ブルース・リーは香港人ですか?

香港で育ったため、 香港のスターとして広く知られています。

ただし、 出生地はアメリカ・サンフランシスコです。

ブルース・リーはアメリカ人ですか?

アメリカで生まれています。

一方、 本人は自分を 「American-born Chinese」 と表現していました。

そのため、 単純に一つの国だけで説明するより、 アメリカ生まれ・香港育ちの中国系人物と理解する方が 実像に近いです。

ブルース・リーは中国で生まれたのですか?

いいえ。 アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ生まれです。

なぜブルースという名前なのですか?

公式プロフィールでは、 出生した病院の看護師が 「Bruce」という英語名をつけたと説明されています。

李小龍は本名ですか?

本名ではありません。 本名は李振藩です。

まとめ:ブルース・リーは「二つの世界」で育った

ブルース・リーの本名は李振藩。

1940年11月27日、 アメリカ・サンフランシスコで生まれました。

しかし生後約3か月で香港へ戻り、 18歳まで香港で育っています。

その後再びアメリカへ渡り、 東洋と西洋、 武術と哲学、 映画と自己表現を融合させていきました。

だからこそ、 ブルース・リーを 「何人か」という一言だけで説明するより、 二つの文化の間で育ち、 両方を自分の中で融合させた人物 として見る方が、 彼らしさがよく分かります。


主な参考資料

Bruce Lee公式サイト「Bruce Lee」

Bruce Lee Podcast「Why Philosophy?」

Bruce Lee Foundation「Linda Lee Cadwell Interview」

コメント